“偏愛”研究室探訪

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東北大学“偏愛”研究室探訪#1

宇宙×ロボット×AI=??
好奇心の「連鎖」で宇宙に飛び出す吉田和哉教授の挑戦

吉田和哉教授

「自分の知らないことを知っている人と話すのって、嬉しいんです。未知への好奇心が、とにかく私の原動力ですね」

東北大学の先生方に、研究を後押しする”原動力”や“偏愛”を話してもらう連載企画。第1回目ゲストは、宇宙ロボット研究者で、月面探査車(ローバー)の開発にも携わる吉田和哉教授です。

かつては国家主導だった宇宙プロジェクトの「主役」は、今や民間のプレーヤーに。にわかに熱を帯びる「宇宙ロボット」研究の中心にいる吉田教授を研究に向かわせる熱源は、はたして何なのでしょうか?

アポロ11号に憧れ、「宇宙×ロボット」の道へ

──宇宙ロボット研究の黎明期、1980年代半ばからその研究に携わり続ける吉田先生ですが、研究の原動力は何ですか。

コアになっているのは、「まだ見ぬ世界を見てみたい」という未知への好奇心だと思います。

南極探検隊などもそうですが、「未踏の地を踏みたい」「知らない世界を見たい」という思いは、いつの時代も研究や技術を前に押し進めてきたものだと思っていて、私もまさにそうした好奇心に動かされてきていますね。

──8歳の頃、テレビでアポロ11号の月面着陸を見たのが、宇宙に興味を持ったきっかけだとか?

そうなんです。ただ、正直に言うと当時(1969年)のテレビってブラウン管式の白黒画面で解像度も低かったので、ちゃんとは見えてなかったんですよ(笑)。でも周りの大人たちが大騒ぎしていて、「すごいことが起きているんだ…」と高揚したのは、たしかな原体験になっていますね。そこから宇宙や天文に惹かれていきました。

──本当に、宇宙一直線の人生なんですね。

いやいや、むしろ回り道の人生だと思っています。大学受験では一浪までしたものの第一志望の理学部には入れず、工学部に入ることになったんです。大好きな天文に触れたくて、 サークルでは天文研究部に入り、毎月、星を見に行くようになりました。

その後大学院に進む際にロボット工学の研究室に入ることができたのですが、修士の研究テーマ決めで転機が訪れます。指導教員の先生に「宇宙が好きなのであれば、宇宙開発のためのロボットをテーマにしたらどうか」とご提案いただいたんです。その言葉で、ロボットの観点から宇宙に関わっていく新たな道が見えました。

世の中が「ロボット元年(1980年)」と呼ばれてから数年たった頃でした。(※)
(※ちなみに、日本ロボット学会が創設されたのが1983年、吉田先生の学会デビューは1985年)

──工学部だからこその宇宙との関わりが見えてきたということですね。そこから宇宙ロボット研究に邁進してこられましたが、これまでの活動のなかで、とくに印象に残っている取り組みを教えてください。

私が手がけた宇宙ロボット研究が、実際の科学探査ミッションに結び付くことができたのが「はやぶさ」プロジェクトです。2003年に打ち上げられ、地球から約3億km(※)離れた小惑星イトカワから岩石を採って2010年に地球に帰還しました。私は、1996年のプロジェクト開始時点からメンバーとして参加させていただき、岩石採集のための技術開発を担当しました。
(※注:小惑星イトカワで岩石採集を行った時点で、地球との間の距離は約3億km。地球を飛び立ってから地球に戻るまでの総飛行距離は約60億kmの長旅だった)

小惑星の岩石を持ち帰るという世界で誰もまだ成し得ていない非常に難しいミッションでしたが、惑星科学の進歩につながる成果が得られたと感じました。

また、2011年の東日本大震災では、福島第一原子力発電所に派遣されたロボット開発にも参加しました。放射能で汚染されてしまった原子炉建屋内でロボットを適切に動かすために、宇宙工学の知識と経験が役に立ちました。まだ研究段階だったロボットを3ヶ月で実用化したので、突貫作業ではありましたが、これまで積み重ねてきた研究が、いま困っている人のお役に立てることを目の当たりにし、研究者として本望といえる貴重な経験ができました。

点と点がつながり、仕事が“超スケール”に

──2007年に始まった、民間初の月面無人探査コンテスト「Google Lunar X PRIZE」(以下X PRIZE)では、日本のチーム「HAKUTO」のリーダーを務められました。

X PRIZEも、とても大きなターニングポイントとなりました。宇宙開発は長いあいだ国家主導でなされてきましたが、民間主導で「新しいマーケット」を作ろうとする意思が、産業の起爆剤になるんだ、ということを体感するきっかけになったんです。

──新しいマーケットを作ろうとする意思、というと?

X PRIZEは史上最大の賞金レースとの呼び声のもと、賞金総額が3000万ドル(現在の為替レートで約45億円)に及びました。ただ、月面車を月に着陸させて走行させることは簡単でなく、この巨額の賞金を持ってしても、開発経費をペイできないんですよ。それでも挑戦しようと思ったのは、XPRIZE財団の創設者であるピーター・ディアマンデス氏の熱い思いに感化されたからです。

実は、1927年にリンドバーグが飛行機で大西洋横断に成功したときも、賞金レースにチャレンジしたものだったんですよね。リンドバーグの成功は、それまで飛行機といえば近距離を遊覧飛行するものだったのを、海を越えて大陸間を移動できる交通手段となることに気づかせ、以降の航空機産業を劇的に加速させることとなりました。

そんなふうに“時代を変えるきっかけになる賞金レースを企画したい”というのがX PRIZEの出発点で、私たちもそこに惹きつけられて、賞金を超えたところのモチベーションで参加したんです。

──優勝してもペイしないプロジェクトに参加するってすごい勇気です。

研究者としてはぜひ挑戦したいという気持ちと、開発経費やマネジメントに対するハードルの高さとの間で躊躇していたのですが、資金調達方法も含めて新しい何かを、ともに創っていこうという志の高い仲間と出会う機会を得て、「よし、やるぞ」と決めました。

私たちのチーム「HAKUTO」は中間賞を受賞することができましたが、レース自体は達成者なしで2018年に終了。ただ、そこで終わることなくチーム「HAKUTO」の運営母体として起業した株式会社「ispace」は、その後大規模な資金調達に成功し、民間企業による月面探査車開発や月への輸送ビジネスを軌道に乗せるべく、チャレンジを続けています。

ずっと研究室にこもっていたら出会えない人とつながることで、一人では成し得ないスケールに、仕事を大きく膨らますことができる。点と点が線となり新しい世界観につながるんだということを実感するとても貴重な経験になりましたね。

──好奇心ってつまりは、バラバラに見えていた「点」と「点」がつながっていく感覚にワクワクする気持ちのことなのかもしれないですね。

確かに、興味の対象がどんどん先につながることで、研究開発の推進力を生んでいる感覚がありますね。たとえば、何かわからなかったことが一つ解決すると、その先にたくさんの新たな課題が見えてくる。

色々なことをかじっていると、これとあれって似ているよねという分野を超えた類似性に気づくことができる、こっちもあんな風にすればいいのでは?といったより広い視点でのアイデアが見えてくることもあり、そこに興奮を覚えます。

──好奇心が枯れないように、心がけていることはありますか。

昔からNHKの報道番組や科学番組が好きで、今も観続けています。月や宇宙に関する番組はもちろんのこと、子供ながらに1970年代の公害問題やベトナム戦争などのドキュメンタリーも食い入るように観ていました。「テレビなんか観てないで勉強しなさい」とよくいわれますが、私は多くの知識をテレビから得てきたと感じています。

また、趣味として将棋も好きなのですが、人間の思考回路と人工知能(AI)との関係性という観点でも、たいへん興味深いです。

研究者としての道を歩んでいく中で外国を訪問する機会も増えましたが、世界の様々な場所の地理や歴史について、学校の教科書では無味乾燥な点のように感じていた事象が、現地を訪れてみると点と点がつながって急に生き生きと輝いて見えるようになり、もっともっと詳しく知りたくなり、そこから関連する音楽や芸術や食や文化にも興味が広がったりして。その意味では、本当に自分は「好奇心の塊」だと思います。

頭の中は「月」でいっぱい

──「まだ見ぬものを見たい」という吉田先生の偏愛は、今どこに向いていますか。

いま自分の頭をいっぱいに占めているのは、やはり月ですね。

月と聞くと、それこそ人類初の月面着陸は半世紀以上前ですし、多くのことが既にわかっているように思われるかもしれませんが、実はまだまだ未知のことだらけなんです。

いま月に関してのホットトピックスは、水氷の存在ですね。これまでの月面ミッションでは、月の高緯度地方、つまり北極や南極などの極域には着陸していないんです。月のまわりを周回飛行する探査機による軌道上からの観測結果によると、極域のクレーターの底などの陽があたらないエリアの土壌には水氷が含まれている可能性が示唆されています。しかしながら、私たちはまだそのような場所にたどりついてはいないのです。

急峻な崖を下ってようやくたどり着けるような暗黒で極低温の世界ですから、そのような場所はロボットで探査すべきです。そして、もしも利用可能な量の水の存在が確認できれば、そこを起点に人間にとって未来の居住地を構築するストーリーへと繋がっていきます。

水は生命の維持に不可欠な物質です。現地で水が得られれば、せっせと地球から運ぶ必要がなくなるので、その恩恵は絶大です。さらに、水を電気分解すると酸素と水素が得られ、酸素ももちろん生存に不可欠であり、水素は燃料すなわちエネルギー源として重要です。

真空で荒涼とした砂漠のような世界、生命への手がかりが全く無い月面世界に、人が長期滞在できる拠点をつくる可能性が、一気に見えてくるようになります。

いま、私たちは内閣府のムーンショット型研究開発プロジェクトに採択されて、将来の有人月面拠点構築を可能とするための新しいロボットシステムの研究開発に、全力で取り組んでいます。

そこでは、「進化するロボット」をキーワードとしています。一台のロボットが一回限りのミッションを行うのではなく、月面上で修理して部品交換して新しいロボットとして再生していく。機械的な部品だけではなく、ロボットの頭脳としてのAIもどんどん進化して、拠点構築の進展に応じて、より能力の高いロボットが続々と増えていく、そんな未来像をめざして研究開発を進めています。

そして自分もチャンスがあったら、ぜひ月に行きたいです。

──月面に降り立つ吉田先生を見たいです。最後に、吉田先生の研究に興味を持たれた方々に、メッセージをお願いします。

これまでの研究人生で、違う専門性やバックグラウンドを持つ人たちとの出会いで、思いもよらぬこと、素晴らしいことが起こせるんだということをたくさん体験してきました。

私が取り組む「宇宙×ロボット×AI」の領域で、そうしたストーリーに共感できる方や、テクノロジーをお持ちの方がいたらぜひつながっていきたいです。

一緒に「まだ見ぬもの」を見に行きましょう。

プロフィール

東北大学 大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻 教授
吉田 和哉

1984年、東京工業大学工学部卒業。1886年、同大学院工学研究科修士課程を修了し、東京工業大学助手、マサチューセッツ工科大学客員研究員等を経て、1995年より東北大学へ。2003年より現職。研究分野は、宇宙ロボット工学、ロボットのダイナミクスと制御、探査工学。1998年より国際宇宙大学の客員教員として、国際的な宇宙工学教育にも積極的に貢献している。JAXAの小惑星探査機「はやぶさ」の開発に参加、月惑星探査ロボットの研究開発や、大学主導型の超小型人工衛星の開発なども進める。Google Lunar X PRIZEへの参加を契機に株式会社ispaceの創業に参加し、近年では、超小型人工衛星開発を推進するシスルナテクノロジーズ株式会社も立ち上げている。